1年生向け特別企画:経済心理学の小話【1】合理的な価格って実は心の問題?

 経済法の世界における重要なキーワードの1つが「価格」です。価格が健全かつ合理的に形成されるメカニズムを守ることは、独占禁止法をはじめとする経済法規の役割です。価格とは「商品の価値を貨幣で表したもの。値段」のことです(『大辞泉』より引用)。例えば、企業間の競争を分析する際に、まず価格競争の状況を取り上げられることになりますし、特許のライセンス契約において最も焦点となるのはライセンス価格の交渉になります。
 そこで、初回はこの「価格」について、経済法と密接する経済心理学の視点から一緒に考えてみましょう。

 

 高校の授業でも学んだように、商品の価値は需要と供給のバランスに影響されて変動します。希少で供給が不足している場合(需要が供給を上回るとき)には価格が上昇し、反対に供給が過剰になると価格は下落します。伝統的な経済学の視点では、こうして需給関係で形成された価格が「合理的な価格」とされています。

 


 私たち消費者も、需給関係による価格の調整に自然と適応しており、価格が高いときには買い控え、安いときには買いだめする習慣が身についているのではないでしょうか。

 

 ところが、需給関係によって形成された価格が本当に合理的といえるかについては、経済心理学の観点からは異なる答えが返ってくるかもしれません。

 

 例えば、日常で1パック100円台のトロピカーナの100%オレンジジュースが、海水浴場の海の家では500円で売られ、高級リゾートのレストランではオシャレなグラスに入れられ1000円で提供されることがあります。しかし、需給関係から逸脱した価格設定であっても、海水浴場や高級リゾートでの消費者はそれを当然の価格として受け入れています(学生食堂で同じオレンジジュースが1000円で販売されていたら、素直に購入しようとする人は少ないでしょう)。このように、消費者は伝統的な経済学の理論に反し、需給関係によらない価格でも合理的と見なす傾向があります。

 

 一方で、需給関係の変動によって形成された価格であっても、逆に不合理とされるケースもあります。2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のRichard H. Thaler博士の研究チームが、次のような実証アンケートを行いました。


「ある店が雪かき用のシャベルを15ドルで販売していましたが、大雪の翌朝に20ドルに値上げしました。この値上げについてあなたはどう思いますか?」という質問に対して、回答者は次のいずれかを選びました。

   ① まったく合理的
   ② 容認できる
   ③ やや不合理
   ④ 極めて不合理

 


 

 

回答を「合理」(①と②)と「不合理」(③と④)に分類すると、次の結果が得られました(回答者数は約100人)。

    合 理:18%
   不合理:82% 

 多くの回答者は、大雪の翌朝の値上げを「顧客の弱みに付け込んだ悪徳商法」と感じ、価格の合理性を否定しました(この質問を読んで、あなたも同じ感想を持ったのではないでしょうか?)。
 しかし、需給関係に基づく価格変動という観点からは、供給が不足し需要が急増したことで価格が上がるのは自然な経済現象であり、20ドルという価格設定は合理的と考えられます。ところが、実際の消費者心理は伝統的経済学の説明からは乖離しており、たとえ需給によって価格が変動しても、それを不合理と感じることがあるのです。

 

 価格設定の合理性を購入者がどのように判断しているのかを検証する追加の実験もご紹介しましょう。
 さらに、Thaler博士のチームは「価格設定の合理性」を検証する別の実験を行いました。クリスマスの人気商品である「キャベツ畑人形」が品切れになり、クリスマスの1週間前に倉庫で1つだけ在庫が見つかったとします。多くの親子がこの人形を欲しがっているため、店はオークションを実施し、最も高い価格を入札した人に販売することにしました。

 (この画像はイメージです)

 このオークションによる価格設定が合理的かどうかを問うアンケート結果は次の通りでした。

   合 理:26%
   不合理:74%

 ここでも多くの回答者が、オークションによる価格の決定を「親心を利用した」と感じ、不合理としました。

 

 しかし、この実験には続きがあり、別の要素が加わると結果が変わることがわかりました。設問に「売り上げがユニセフに寄付される」と一文を加えたところ、79%の人がオークションによる価格設定を合理的だと回答したのです。

 

 このように、現実世界では、商品の価格が合理的かどうかを決めるのは、需給関係よりも消費者の心理に大きく委ねられる場合が多いといえるでしょう。

 

 現代の経済法は、このような経済心理学の知見も応用して法的分析を行う学問です。

 

 


2024年11月03日