レディー・ガガは商標になれない!?〜有名すぎる名前が招いた知財のジレンマ〜


  みなさん、もし自分の名前が世界中で知られるほど有名になったら、それを商標として登録して、グッズや音楽ソフトの独占的ブランドにできると思いますか?

 

 「そりゃ当然でしょ!有名になった人の特権じゃない?」――そう思った方、今回ご紹介する「LADY GAGA」商標事件は、そんな考えをひっくり返す判決です。


事件のあらまし
 今回の舞台に登場するのは、もちろん、あの奇抜なファッションと圧倒的歌唱力で知られる米国出身の歌姫、レディー・ガガ(本名:Stefani Joanne Angelina Germanotta)。マネージメント会社エイト・マイ・ハート・インコーポレイテッド(Ate My Heart Inc.)が、彼女のステージネーム「LADY GAGA」を商標登録しようとしました。

(Sun World Ba Na Hills Museumで展示されているレディー・ガガの蝋人形像)

 対象とした商品は、レコードやインターネット経由で受信できる音楽ファイル、DVD、ビデオテープなど、まさにガガ様の活躍の舞台そのもの。
 ところが、特許庁はこの出願をバッサリ拒絶。理由は、「LADY GAGA」は超有名歌手の名前だから、音楽ソフトに付けると、その収録内容が「LADY GAGA」という高い歌唱品質を示すだけで、製造・販売元を見分ける目印(商標)としては機能しないからです。
 さらに、「もしガガ様と無関係な商品に使ったら、『え、この曲、ガガが歌ってるの!?』と誤解させる恐れがある」とも指摘。要するに、
 ■商標法3条1項3号(品質表示の商標は登録不可)
 ■商標法4条1項16号(品質誤認のおそれがある商標は登録不可)

 この“ダブルパンチ”でアウトになったわけです。
 マネージメント会社はこの判断(審決)を不服として審決取消訴訟を提起しましたが、知財高裁も特許庁の判断を支持しました(平成25年12月17日知財高裁)。

 


判決の要旨引用
 「本件商品については、商品に表示された人の名称やグループ名を取引者・需要者が商品の品質(内容)とまず認識するものといわなければならない。そして、表示された人の名称やグループ名が、著名な歌手名・音楽グループ名である場合には、取引者・需要者は、これを商品の品質(内容)のみ認識し、それとは別に、当該商品の出所を表示したものと理解することは通常困難である。」

 「本願商標を、本件商品であるレコード、インターネットを利用して受信・保存する音楽ファイル、録画済みビデオディスク及びビデオテープのうち、『LADY GAGA』が歌唱しない商品に使用した場合、『LADY GAGA』が歌唱しているとの誤解を与える可能性があり、商品の品質について誤認を生ずるおそれがある。」

 


なぜ「有名すぎる」とダメなのか?
 一見すると「有名なんだからこそ商標登録できるはずでは?」と思いますよね。
 実際、スポーツブランド「NIKE」や高級ブランド「GUCCI」などは商標としてがっちり登録されています。
 しかし今回のケースは、扱う商品が「音楽ソフト」でした。CDやDVDなどでは、購入するときに多くの人がまずチェックするのは歌手名やバンド名。レコード会社の名前よりも、むしろアーティスト名が最大の「購入決定要因」です。

 

 裁判所もこの現実を認めつつ、「それは商標じゃなくて、商品の中身(品質)を示しているだけ」と判断しました。
つまり、「LADY GAGA」は音楽ソフトではブランドではなく、“成分表示”扱いになってしまったのです。
 例えるなら、ジュースのパッケージに「リンゴ果汁100%」と書くのと同じこと。それを見ても、どこのメーカーが発売しているかまでは分かりません――そんな発想です。

 


例外もある?
 ただ、音楽アーティストのステージネームがすべて商標になれない、というわけではありません。
 もし「LADY GAGA」がまだ無名で、世間に歌手名として認知されていない時期であれば、この名前は品質表示とは見なされず、商標登録できた可能性があります。
 例えば、倉木麻衣さんのデビュー初期、事務所LOOPが商標出願し、登録が認められました(商標登録第4569287号)。

(実際の登録商標)

 しかし皮肉なことに、人気が出て知名度が上がれば上がるほど、「これは内容(誰が歌っているか)を示すだけ」とされ、逆に登録が難しくなるのです。

 


反対意見もある
 「アーティスト名こそが最大のブランドではないか?」という見方もあります。
 商標の目的は「出所の表示」だけでなく「品質保証」や「信用の蓄積」にもあります。もしレディー・ガガが自分の名前をブランドとして管理できれば、無関係な粗悪品が「ガガ印」を名乗るのを防げるはず。それを阻む理由は薄いのでは――という意見です。

 


他の分野との比較
 判決でも、「人の名称やグループ名が当該商品に表示された場合に出所表示機能を有することは否定できない」とし、商品によっては人名が商標として機能することもあると留保しています。
実際、同じく世界的歌姫の「BEYONCE’」は、日本で音楽の演奏と併せて、化粧品やアパレルなど音楽以外の分野でも商標登録を得ています(登録番号:第4955673号)。
 化粧品やアパレルでは「BEYONCE’」という名前が商品の内容説明にはならず、ブランド名として機能すると判断されたためです。

(実際の登録商標)


しガガ様が他分野と一緒に出願していたら?
 この理屈を当てはめると、「LADY GAGA」も音楽以外の商品――例えば香水、バッグ、衣料品など――と併せて商標出願していれば、登録が認められた可能性は高くなったでしょう。
 つまり、「有名すぎたから」だけが原因ではなく、「有名さが商品の内容説明と直結する分野で出願した」ことも結果を左右したようです。

 


最後にささやかに
 この事件は、「有名であること」が必ずしも法的に有利になるとは限らないことを教えてくれます。
 あなたが将来、世界的に有名なミュージシャンやYouTuberになったとしても、自分の名前を商標として守れるかどうかは、その名前をどんな商品やサービスに使うかによって変わるのです。

 

 法律の世界では、「常識的にこうだろう」が通用しないことが多い――でも、その理由を探っていくと、商標法の背後にある消費者保護や公正かつ自由な競争といった理念が見えてきます。

 

 レディー・ガガは、音楽だけでなくファッションやパフォーマンスでも常に人々を驚かせてきました。でも今回の事件は、法律の世界で「驚かせる」どころか、「あなたの名前はあまりに有名すぎて商標になれません」という逆サプライズ。
 もし彼女がこの判決を歌にしたら、きっとこう叫ぶでしょう。

I was born this way… but not trademarked!
My name’s still louder than any logo 

(LADY GAGAの代表曲『Born This Way』(2011年)のタイトルをもじったパロディ。「商標よりも私の名前のほうがずっと響く」)

 

 法律も、時にポーカーゲームのように意外なカードを切ってきます。
 だからこそ、競争と知的の世界は面白い――そう思ってもらえたら、このコラムの目的は達成です。

 

 

 

 

2025年08月16日