一見すると、0円と1円の間に大きな違いはないように思えます。しかし、経済法の視点から見ると、この僅かな差が劇的な影響を及ぼすことがあります。0円と1円の違いは大きい?

例えば、経済法には「景品表示法」と呼ばれる法律があります。これは、商品の購入者に無料で提供される景品(たとえば、ビール箱に付属するスナック菓子や「○○絶対もらえる!」といったキャンペーンの特典)等に対し、一定の規制を設けるものです。なぜなら、無料であること、つまり「0円」の景品は、消費者の選択行動に大きな影響を与え、公正で自由な競争を妨げる可能性があるためです。

(画像は消費者庁の広報資料より引用)
法的な議論については、経済法ゼミナールでしっかり学ぶこととして、今回は経済法と密接する経済心理学の視点から0円と1円の違いについて考えてみましょう。
「次回使える無料クーポン」「ガリガリ君の当たり棒」、あるいは「無料引換券」を手に入れると、なんだか嬉しくなりませんか?

(画像はガリガリ君のウェサイトより引用したもの)

その理由を考えたことはありますか?「0円だから」という答えは間違いではありませんが、経済心理学の観点では、「0」という数字が人の心を動かし、興奮を引き起こす特別なシグナルだからなのです。

この心理的な影響を検証するために前話でもご紹介したDan Ariely博士(アメリカデューク大学)の研究チームが、高級なLindt Trufflesと手頃な価格のHershey's
Kissesの2種類のチョコレートを用意し(以下、Truffles及びKissesという)、購入者1人につき1個までという半額激安販売の実験を行いました。

(画像はそれぞれLindtとHersheyのウェブサイトより引用したもの)
1回目の実験
Truffles:1個15¢ ⇔ Kisses:1個1¢
被験者のユーザーが両者の値段と品質を比較してから、選んだ割合は次のとおりでした。
Truffles:73%¢ ⇔ Kisses:27%
せっかく安く買えるのだから、やはり高級なTrufflesが選ばれる結果となりました。

(画像はイメージです)
ここで研究チームは次の段階に入り、両商品の価格をそれぞれ1¢ずつ値下げして、再び二者択一の実験を行いました。そう、両商品ともにたった1¢の値下げでした。
2回目の実験(値下げ後)
Truffles:1個14¢ ⇔ Kisses:1個0¢
どちらのチョコレートも同じ金額だけ値下げし、相対的な価格差は変化していないし、それぞれから得られる満足度も変わっていないので、この値下げはユーザーの選択行動に影響を及ぼさないはずと思っていませんか?伝統経済学の費用便益分析の観点からも、この値下げによってユーザーの行動に変化は起きないと考えられています。
ところが、この実証実験では、劇的な変化が明らかになりました。
Truffles:31%(71%⇒31%)
🔃
Kisses:69%の被験者が(27%⇒69%)

(画像はKissesのウェブサイトより引用したもの)
0¢のKissesを前に、ユーザーの大半がTrufflesを格安で手に入れる機会を捨てました。1¢と0¢の差はたったの1¢で、言い換えると、0¢で商品を手に入れたところで、ユーザーにとっての便益が1¢を節約にすぎません。それにもかかわらず、27%⇒69%という選択行動の劇的な変化は、0¢と1¢の間に1¢を超える遥かに大きな違いがあるということを示しています。

このことは、Truffles(1個)27¢⇒26¢⇒25¢ ⇔ Kisses(1個)2¢⇒1¢⇒0¢という別の実証実験でも証明されています。
Kisses(1個)1¢まで値下げしても、ユーザーの大半がTrufflesを選んでいたにもかかわらず、Kisses(1個)0¢になったとたんに、ユーザーの大半がKissesを選ぶようになりました。このように、27¢と1¢の違いは小さいかもしれないが、0¢と1¢の違いは明らかに大きいです!

0円と1円の違いがいかに大きいのかを物語る実際の出来事をご紹介しましょう。Amazonが売り上げを伸ばすために、2000年以降、一定額以上購入で送料無料という販売戦略を世界各国で徐々に導入し始めました。

この戦略は「0円」の心理的効果を活用したもので、現在では普及しているビジネスモデルですが、当時としては画期的なものでした。結果、ほとんどの国で売り上げが伸びましたが、1つだけ例外がありました。

それがフランスです。なぜでしょうか?理由を調べると、フランスのAmazonは完全無料ではなく、「ずる賢く」ケチして1フラン(当時は10数円程度の為替)(現在はフランがユーロに置き換えられている)の配送料が設定されていたことが原因と判明しました。この僅か1フランの差が、消費者の行動に大きな影響を与えていたのです。フランスでも「完全無料」に切り替えたところ、売り上げが急成長しました。

「3着目無料」や「2点購入で1点プレゼント」といった表記も、この0円効果を利用した身近なケースです。

知らず知らずのうちに、あなたもこの効果に心を動かされているのではないでしょうか?

0円には、人々の選択行動を大きく変える力があります。そのため、この効果を悪用すると、公正で自由な競争を損なう可能性があります。

だからこそ、景品表示法等の経済法規が重要な役割を果たしているのです。今回のコラムでは、0円が人々の選択行動に与える影響について、経済心理学の観点から考えてみました。0円効果の心理的なインパクトや、それが競争に与える影響について、もっと深く掘り下げてみたくありませんか?経済法ゼミナールで、一緒に新たな視点を学びましょう!

