登録されても役に立たない商標もあるの!?

 事業者が営業努力によって商品やサービスに対する消費者の信用を積み重ねることにより、商標に「信頼がおける」「安心して買える」といったブランドイメージがついてきます。このようなブランドイメージを象徴し凝縮されている標章が、商標です。商標とは、事業者が自己の取り扱う商品・サービスを他人のものと区別するために使用するマーク(識別標識)です。商標は、「もの言わぬセールスマン」と表現されることもあり、商品やサービスの顔として重要な役割を担っています。
 商標の登録が認められると、「商標権」という知的財産権を得ることができ、様々な不正行為(偽ブランドの製造や販売等)から、自己のブランドイメージを守ることができます。

 

 ところで、大きな期待を寄せられる商標登録ですが、まれにまったく役に立たないケースもあります。今回はこのような話をしてみましょう。
「正露丸」という大きな文字で書かれている胃腸薬は、知らない人がいないぐらい有名です。では、「正露丸」ってどこの会社の商標かを調べてみると、「大幸薬品」の商標として複数バージョンが登録されています。

登録番号 : 第545984号

登録番号 : 第3046770号

 

 しかし、市販の正露丸製品をよく見てみると、パッケージの色とレイアウトだけでなく、「正露丸」の三文字まで大幸薬品とそっくりの類似製品が多く出回っています。

例示

 これって商標法違反ではないか、模倣商品がそこまで放置されているなら、「正露丸」の商標登録は意味がないのではないかと疑問に思う方もきっといるでしょう。先に結論からいうと、「正露丸」という文字表記は商標として登録することはできたものの、実際には商標らしい効力を発揮しておらず、役に立たない商標となってしまいました。なぜこのようなことが起こりえたでしょうか。
 これは商標法26条1項2号との関係に注目する必要があります。同号は次のように定めています。


 「正露丸」という名称との関連で前記条文の趣旨を簡単に説明すると、ほかとは違うという、オリジナルの識別機能を有しない普通の名称は、商標権の効力を持たないということです。そもそも、普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標は、商標登録を受けることができないことになっているので(商標法3条1項1号)、商標登録はできたのに、なぜ商標権の効力を持たないのか、分かりにくいところですね。
 商標法26条1項2号が適用される分かりやすい例として、例えば、登録当初は識別機能を有していた商標が、その後の社会状況の変遷により、誰もが日常用語のように使うようになった普通名称化のケースです。例えば、「招福巻」のケースがあります(大阪高判平成22年1月22日)。「招福巻」は巻き寿司の一態様を示す一般的な名称として普通名称化していたことを理由に、原告の登録商標「招福巻」の商標権の効力が及ばないとされました。

登録番号:第2033007号

 ただ、「正露丸」に関しては、裁判所は「もともと普通名称にすぎない『正露丸』が商品等表示性を有する表示と認識されるに至ったかであるところ、前記認定のとおり,社会の人々の認識に転換をもたらすような事態は生じておらず、『正露丸』の普通名称性には変わりがないと認められる。」と判示し、もともと商標になりえない名称が、商標として登録されてしまったという考え方を示しました(大阪高判平成19年10月11日)。
 言い換えると、裁判所と商標登録を司る特許庁の認識は異なっていたということもできますね。せっかく「正露丸」の商標を得た大幸薬品にとっては、なんとも理不尽な扱いを受けた心情でしょう。


 しかし、大幸薬品はこれで諦めませんでした。ラッパのマークから正露丸のコマーシャル用メロディー(音)まで、全方位に商標として登録することができました。

登録番号:第687281号

登録番号:第5985746号

 複数商標間の相互補完により、たとえ一つが機能しなくても、ほかでカバーすることができるようになります。大幸薬品の正露丸は、もはや商標のパーツで固められた権利の塊となっていますね。




2023年07月03日