1年生向け特別企画:競争と知財の小話【5】独占権の主、知的財産の守護者も競争の舞台で守らなければならない掟があるの?

 前回小話の最後で、知的財産権は非常に強力の独占権であるゆえに、容認される範囲を超えて行使されてしまうと、正常な競争秩序を乱し、かえって市場の経済発展を妨げることもある、ということを触れておきました。今回は、そのようなときに相互補完関係にある競争法はどのようにして対処していくについて、実例を使ってお話ししましょう。

 競争法の代表法律で、経済憲法と呼ばれる独占禁止法には、21条という適用除外の規定が置かれています。「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と定められています。一見すると、知的財産権の行使について、野放ししているかのように見えますが、実はここには、法学の醍醐味、法解釈の問題があります。「権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない」という条文を言い換えると、「権利の行使と認められない行為にはこれを適用する」ということになります。即ち、どのような権利の行使でも、すべて見過ごされるというわけではなく、結局競争法が適用される場面がある、ということです。問題は、競争法が適用されるのは、「権利の行使と認められない」時であって、それは具体的にどのような時でしょうか?


 レコード会社らによる着うた(携帯電話の着信音に音楽を再生できる着信音再生サービス)原盤権(著作隣接権)の行使は、競争を排除し、独占禁止法に違反するのではないかを争われた訴訟がありました。詳細な経緯は、経済法講義で学ぶこととし、粗筋のみ紹介しておきましょう。SonyMusic等大手レコード会社5社が、配信事業者のレコチョク(社名変更後の現在の名称)を設立し、着うたの配信ビジネスを始めました。とても、需要の高いサービスですので、当然のように前記5社以外の会社も、着うたの配信事業に参入してビジネスを展開したい状況でした。しかし、着うたの楽曲には、レコード会社の原盤権が凝縮されているので、楽曲を着うたのビジネスに使用するには、著作権隣接権者である前記5社から許諾を得なければなりません。ところが、5社が利益を高め参入を阻止するために、共謀して一切ライセンスしない方針を決め、楽曲利用の申込があってもほとんど拒絶していました。このようなライセンス拒否が、独占禁止法に違反するか違反しないかが争われた事件でした。


 本来なら、誰にライセンスして楽曲を使わせるか、或いは使わせないかは、権利者の自由です。ただ、この事件においての問題点はライセンスをどのように拒絶したかという点にあります。5社がそれぞれ独自の判断に基づいた単独の権利行使ではなく、話し合って共謀による共同の権利行使でした。即ち、意図的な共同ボイコットです。その目的も参入阻止という競争を妨げるためのものでした。これら事情を踏まえて、裁判所は「共同してなされた場合には,それぞれが有する著作隣接権で保護される範囲を超えるもので,著作権法による『権利の行使と認められる行為』には該当しないものになる」と判断し、独占禁止法に違反することを認めました(東京高判平成22年1月29日)。

 

 似たような実例はほかにもあります。パチンコの機械を製造するのに必要な特許や実用新案を多く保有している大手製造メーカーらは、価格の安定と高い利益率を維持するために、特許や実用新案のライセンスを求めて参入しようとする新規事業者に対し、共謀して一切ライセンスをしない方針を決め共同ボイコットを行いました。本来なら、特許や実用新案を誰にライセンスするかしないかは、権利者の専権事項で自由です。しかし、先に紹介した着うた事件と同様に、本件の権利行使も、メーカーらがそれぞれ独自の判断に基づいた単独の権利行使ではなく、共謀して行った共同ボイコットでした。このような経緯を踏まえて、競争の番人である公正取引委員会は、「ぱちんこ機の製造分野における競争を実質的に制限しているものであって、これは、特許法又は実用新案法による権利の行使とは認められないもの」と判断し、独占禁止法に違反することを認めました(勧告審決平成9年8月6日)。

 

 このように、たとえ知的財産の権利者でも、わがまま縦横無尽な権利の行使を許されるわけではありません。そもそも、知的財産権法は、権利者に知的財産に対する独占を認めるのは、異なる知的財産間の競争をより促進するためです。即ち、小さな独占を認めることによって、大きな競争を育てようということです。他方で、独占禁止法を代表とする競争法も、知的財産権者の権利に対する独占を認めているが、無条件に競争市場の独占まで認めているわけではなく、同時に競争市場の調和を保ち、健全な競争の花を咲かせる手助けもしています。この二つの法制度は、「競争」という赤い糸で結ばれ、知性と調和のシンフォニーを奏でているのです。   

 

 


 

 

                                    

2023年11月09日