1年生向け特別企画:競争と知財の小話【6】AI生成も10兆円の企業買収もすべて競争と知財に関わる話なの?

 1年生向け特別企画の最終回で、ニュース等で大々的に報道されているこの話題とあの話題を取り上げながら、競争と知財は我々にとって、実に身近な存在であるということをお伝えしたいと思います。

 まず、ニュースで大々的に報道されたジャニーズ事務所の解体からお話ししましょう。
 ジャニーズは日本の大手芸能事務所で、音楽著作権の教科書では、所謂プロダクションに相当する存在でした。所属タレントの離反や性加害の告発を受け、とうとう解体されることになりました。

 (画像は日テレ NEWS NNNのテレビ報道番組より引用したもの)

 離反や告発といった反乱は、僅か3年前までは誰も予想できない出来事でした。なぜならば、日本の芸能界において、ジャニーズのような大手事務所によって作り上げられてきた多くの「掟」があったからです。例えば、芸能人は所属する事務所の許諾なしに事務所を離れて独立しようとすると、何れ干されてしまい芸能界から消されるとか、テレビ局のバラエティー番組やドラマの出演者選びも事務所の意向を忖度しなければならないとかです。それなのに、なぜ芸能界のドンであるジャニーズ事務所は解体にまで追いやられたでしょうか。実は、その発端は、競争法(具体的に独占禁止法)の適用にありました。


 SMAPというジャニーズ事務所に所属していた国民的に知られた音楽グループが、自由に活動しようとして独立を試みた際、独立を撤回させられ、全員がテレビの前で謝罪せざるをえない状況になりました。

(画像は、トクダネの番組より引用したもの)

 しかしながら、それだけでなく、その後も関係メンバーが担当していたテレビ番組が次々に打ち切られ、民放への新規出演がなくなり、完全に干されてしまいました。また、グループ自体も解散となりました。

(画像は産経新聞デジタル版記事「21年前、中居正広は産経新聞に「20年後も解散はない」 アイドル冬の時代と下積み乗り越え「国民的グループ」に」より引用したもの)

 

 ここまでやるとは、もはや黙ってみていられない競争の番人である公正取引委員会は、ついに動き出しました(同委員会の職員にSMAPのファンがいたかもしれない)。2019年7月に、公正取引委員会は、ジャニーズ事務所によるタレントの独立や移籍を妨害する行為が、独占禁止法で禁止されている「優越的地位の濫用」に該当するおそれがあるとして厳重に注意を行いました。このニュースが驚きをもって迎えられ、NHKの番組で最初に速報として報じられました。

 

 従来の「常識」として蔓延っていた掟が、実は違法行為なんだという法的見解は、日本の芸能界に大きな衝撃と動揺を与えました。そこから、独占禁止法を盾に、勇気を振るって事務所から独立するタレントが相次ぎ、事務所による芸能界に対する支配が弱体化しました。

(画像は、ニュースサイト「週刊女性PRIME」より引用したもの)

 そして、これらの積み重ねがついに、ジャニーズ事務所の事務所の解体に繋がったのです。

 ところで、「優越的地位の濫用」と指摘され、地殻変動を引き起こした業界は、日本の芸能界だけではありません。身近な具体例でいうと、コンビニ業界の時短営業もその一つです。コンビニのビジネスモデルといえば、本来なら、24時間営業が最大な特徴でしょう。しかし、近年、人手不足に加え、コンビニで働きたい人も減少しているため、地方の加盟店では店長が一人で全業務を切り盛りしなければならないケースが増えています。そこで、一部の店舗は本部の許可なしに時短営業を導入しました。コンビニ本部からすると、時短営業になると、コンビニ営業としては成り立たなくなるという思いがあったでしょう、時短営業を容認しようとしませんでした。その中で、公正取引委員会は、本部が加盟店の時短要請に一方的に拒否する場合に、「優越的地位の濫用」に該当するおそれがあるとして、コンビニ業界に対する実態調査を開始し、独占禁止法を適用することも辞さない姿勢を見せました。                                                 

(画像は、ワールドビジネスサテライト(WBS)のニュース映像より引用したもの)

 

 公正取引委員会の本気度を受け、コンビニ各社は独占禁止法の適用を恐れて、一斉に時短営業の取り組みを始めました。


(画像は、毎日新聞電子版「セブン時短、24時間もう限界 人手不足が直撃 ファミマは半数の店が検討」より引用したもの)

 

 

他方で、スケールが大きく、もっとスタイリッシュな事件も、実際には競争法が緊密に関わっています。例えば、今年実施されたMicrosoftによる、ゲームメーカーActivision Blizzardの企業買収で、買収額が10兆円を超えました。ちなみに、2023年のシンガポールの国家予算規模が日本円換算で2兆円未満で、ベトナムでも4兆円程度になりますので、10兆円という買収規模の大きさがよりよく理解できることでしょう。

(画像は、Microsofによる公式発表より引用したもの)

 (画像は、日経新聞電子版「Microsoft、米ゲーム大手アクティビジョン買収 10兆円」より引用したもの)

 
 なぜ企業買収が競争法に関連するかというと、次の説明図で示されているように、MicrosoftがActivision Blizzardを買収し一体化することで、増大した市場支配力を濫用して他のゲーム開発メーカーを排除したり、他のゲーム配信事業者へのコンテンツ供給を拒否して事業活動を困難にさせるおそれがあるからです。公正で自由な競争秩序を守るためには、競争法(具体的には独占禁止法)に基づいて、このような事前審査が必要です。競争上の懸念がなければ買収が承認されますが、懸念がある場合は問題解消の措置が求められ、それでも懸念が解消されない場合には買収が禁止されることもあります。

 なお、本件におけるMicrosoftによる企業買収について、公正取引委員会は審査の結果、承認しました。

(画像は、公正取引委員会の報道資料より引用したもの)


 ところで、ゲームといえば、競争法だけでなく、近年では知的財産に関連する問題も増加しています。その中でも注目されるのが、ゲーム実況に関する問題です。ゲームをプレイしながらその様子を撮影し、YouTubeなどで配信することで多くの視聴者を獲得できるため、ユーチューバーたちが実況を競い合う傾向が見られます。。  


 しかし、ゲームにはエンディングに秘密がなく、プレイの過程そのものを楽しむタイプのものだけでなく、エンディングに未知の結末があり、それを楽しみにプレイしていくタイプのものもあります。プレイの過程そのものを楽しむタイプのゲームは、宣伝効果や楽しさの共有といった観点から、ゲーム会社がプレイの実況を黙認することも少なくありません。しかし、ストーリー性を重視しエンディングに未知の結末があるゲームの場合、結末まで実況されると、ネタばらしと同じ行為となり、ゲーム会社は黙っていられないでしょう。  

 実際にあった事件ですが、「Death Come True(デスカムトゥルー)」という、異なる選択肢で異なる物語の結末を迎える新感覚のゲームがイザナギゲームズより発売されました。多くの人がやっているから大丈夫だろうと思いこのゲームを実況した者が、実際に特定され法的責任を問われました。知財の観点から、ゲーム実況は何が問題かというと、ゲームの映像というものは著作権法上「映画の著作物」として保護されています。ゲーム実況は、映画を無断で違法にアップロードすることと変わらないということになるからです。

(画像は、デスカムトゥルー公式サイトより引用したもの) 

 ネタばらしといえば、近年注目を集めているのが「ファストと映画」と呼ばれる違法動画の配信です。この行為は、映画の映像を無断で使用し、字幕やナレーションを追加して10分程度に編集し、結末までのストーリーを明かすことで、アクセス数を増やし不法利益を得ることを目的としています。これらの行為は、映画著作権者の複製権や翻案権など、複数の法的権利を侵害する悪質な違法行為となります。実際には、国内初の逮捕者が二人出ており、5億円の損害賠償を認める判決も下されています。

(画像は時事エクイティの記事「ファスト映画、なぜ横行=無断編集、10分でネタバレ―強まる「時間効率」重視 」より引用したもの)

 

  ところで、映画を巡る話題と言えば、皆さんは2023年にアメリカのハリウッドで15年ぶりに発生した大規模なストライキについてご存知でしょうか?その主な理由の一つは、AI生成技術の出現により、映画やドラマの脚本家の仕事が奪われてしまうのではないかという懸念が高まっているからです。確かに、人間の手により長い年月をかけて書き上げた脚本でも、生成AIは短時間で高品質に生み出すことができます。そのため、脚本家にとって、AI技術は、もはやアシスタントの域を超えて、むしろ脅威と言える存在となっています。

(画像は、日経XTECHの電子版記事「ハリウッド・ストライキの本質、「AIによるスキル収奪」への抵抗」より引用したもの)

 更に、AI生成技術の出現に脅威を感じたのは、脚本家(全米脚本家組合(WGA))たちだけでなく、俳優たちも同じです。AI技術の応用により、俳優さんそっくりの、或いはそれ以上に役に適する人物をリアルに作り出すことができるからです。そのため、脚本家のストライキに呼応して、ハリウッドの俳優たちも(全米映画俳優組合(SAG-AFTRA))ストライキを決行したすえ、スタジオ側との間で暫定的な合意に達し、ストライキは終結しました。

(画像は、WIREDの電子版記事「AIと戦うハリウッド俳優たちが示したメッセージの真価」より引用したもの)

 

 AI生成技術の使用を制限することで、双方は一時的に和解の方向に進んだようです。脚本家と脚本家、俳優と俳優、そして映画制作会社と映画制作会社の競争は、従来通りに展開されていくでしょう。しかし、一方で知的財産の視点からアプローチすると、より複雑な問題が浮かび上がります。

 たとえば、AIが既存の映画や脚本などの著作物を学習して生成したものは、著作権侵害にあたるのか? AIが生成したものが、既存の著作物と類似している場合、著作権法に違反するのか? AIが生成した映像や音声に登場する人物やキャラクターに対する肖像権やパブリシティ権はどうなるのか? また、AIが生成した人物やキャラクターに対して、その人物やキャラクターをモデルにした人間や企業が権利を主張できるのか? 更に、また、AIが生成したものを第三者が利用する場合、許諾や報酬が必要なのか? これらの疑問に対する答えは、必ずしも一つではありません。

 ぜひゼミナールでみんなと一緒に議論していきたいものですね。

 

 

 

 

 

2023年11月26日